呼び寄せられた気配が「歪んだ時計」へと入ってくることを感じながら、イヴリースは目を閉じた。
 ゆったりとした一人掛けのソファーにそのまま身を委ねれば、すぐさま眠りが押し寄せる。



「――イヴ」



 不意に、背後から手が伸びた。



「Aか」
「鍵は持ってる?」



 片方の手はだらりと肘を肩に乗せ、もう片方の手が流れ落ちた銀糸を掬う。



「あぁ」



 覆いかぶさるように落ちてきたAの髪に、イヴリースは指を絡めた。



「失くさないで」



 強く握ればしなやかに指先を掠め、弱く握れば滑らかにすり抜けていく。



「今更、だろう?」



 つかみ所のない、まるでこの少女と自分の関係のように。



「私を見つけて」



 頬に当てられた冷ややかな感触にイヴリースはAの手を取ると、そこに光る「全の指輪」に口付けた。



「お前がそれを望むなら」



 ありがとう。



「・・・何度でも救い上げるさ」



 まるで霞の様に消え失せたAの、ありもしない温もりを探す腕を肘掛の上に落とし、今度こそ目を閉ざす。



「その為に生まれた」



 たった一人の少女が漆黒に染まる度、自分の運命は二転三転した。
 朧気だった物語は徐々にはっきりとした輪郭を持ち、動き出したけれどまだ一人立ちするには到底足りない。
 やるべきことは分かっている。自分は「神の能力[チカラ]」イヴリース。誰よりも早く紡がれ自我を持った最初のヒロイン。Aの望む「終わらない物語」を実現させられる唯一の存在。
 だから漆黒に染まりかけたAを見つけるのは自分の役目。他の誰にも譲れない、自分だけの特権。



「なぁ、A?」



 自分がお前の特別だと思い上がってもいいんだろう?






























「見つけた・・」



 歪んだ時計に入ると共に制限を受けた力。見えない世界。
 洋風の落ち着いた部屋で一人眠るイヴリースを漸く探し当て、ジブリールは扉のない部屋に足を踏み入れた。



「イヴ、」



 ここはとても居心地がいいけれど、哀しすぎる。



「あの人を見つけてあげて」



 全ての光景が否応なく心の中に飛び込んできた。
 この世界に足を踏み入れた途端、知識として知っている全てが一瞬で色褪せたような気さえする。
 言葉という表現方法はあまりに幼稚すぎた。目に映る全てを褒め称える心と、哀しみの奔流がせめぎ合う。
 精神[ココロ]を切り離した知識であるはずの自分でさえ、こんなにも胸を締め付けられる。



「イヴ」



 なら、この世界を創り出したあの人は?



「こんな・・「あいつは、」



 全の指輪を持つ、その指輪を持つに相応しい唯一の人、は?



「ずっとこんな風に世界を見つめていた」
「っ」



 苦しすぎる。



「これがAの存在する世界。Aの主観する、決して美しく楽しいばかりではない現実」



 知識である私でさえ、



「耐えられ、ない」
「大分引きずられてるな、ジブ」
「平気なイヴがおかしいのよ。あの人の世界で、あの人に紡がれた、私達・・が・・・」



 同じ、ように・・?





「気付いた?」





 零しかけた言葉をそのまま取り落とし、息を呑んだジブリールにイヴリースは不敵な笑みを向け漸く重い腰を上げた。



「これが私とAの世界だ」



 神の能力、イヴリース。
 混沌[カオス]より生まれ全てを創り破壊する事を選び取りし白銀の闇。



「・・・特別、ね」



 そしてあの人の特別。