時折思い出したように砂を落とす砂時計。
 何気なく置かれていたそれを手に取り、イヴリースは室内を見渡した。



「ここは教室」



 さっき覗いた部屋は病室、その前は図書室、その前は美術館の一角。
 Aが目にして、心打たれた瞬間。そして、何らかの形で自分たちの物語に取り込まれた現実世界達。
 ここはそんなものが数多に連なって出来た、本来繋がっていないはずの物語と現実世界を繋ぐ場所。



「いい場所だな」



 だからAは誰もいないここに私を招いた。彼女の紡ぐ世界で純粋な夢だけを集めて作られたイヴリース[ワタシ]が、最初の来訪者。
 Aの理想に限りなく近付いた現実世界。その限りある一瞬を永遠に閉じ込めた「歪んだ時計」。
 物語と物語が交錯するのはもう少し後の事。それまでここはイヴのものだと、それが自分の夢である貴女へのプレゼントだと、どこからか愛しい少女の囁く声が聞こえた。



「どこか懐かしくて、哀しくて・・・古い木の色はずっと好きだったな、セピアともつかない茶けた色が・・」



 自分が生きてきたのは、人間の基準では決して計りきれない程永い時。
 けれど生まれてからはたった数年しか経っていない。生きてきた時は悠久でも、この身に流れた時は多くて五年。
 Aの見つめる世界をずっと見ていた。Aの全ては自分の元に返ってくる。だから、ずっと様々な出来事がAの中でどう変化するのかを見ていた。



 そしてここは、変化する前の現実。



「私も好きなんだ」



 Aに紡がれた「イヴリース」だけが知っている、孤独から抜け出せないでいたAの宝物。



「だから他の奴に見せるのが惜しいよ」



 自分とAだけの秘密。






























「――アズラ」



 見つけることは簡単。けれどあえて広い森の中を当てもなく歩いていたAは、探していた人物を見つけ歩みを止めた。



「誰だ?」



 木の幹に背を預け、Aの背よりも頭一つ分高い枝に腰掛けたアズライールの背で二対の羽が揺れる。
 Aはそっと羽の先端に手を伸ばし、笑った。



「Aだよ」
「まさか・・」






























「そう、貴女たちの生みの親」






























「――来る」



 今度ははっきりと分かった。



「イヴの言っていた珍しいお客って、貴女だったの」
「そう。――ごめんね? まずイヴにだけ会いたかったから、ちょっと細工をしたの」



 唯一の出入り口を通る事無くAは姿を現す。
 ふわり。結われていない漆黒の髪が揺れた。



「ジブなら状況だけで私って気付きそうだったし」
「そうね」
「・・・誰だよ?」
「イスラは黙ってて」
「は?」



 話し声に気付き突っ伏していた机から顔を上げたイスラフィールに背を向け、ジブリールは立ち上がる。
 Aは苦笑しながら一歩下がった。



「もう一度ごめん、もうそろそろ行かなきゃ」
「次はどこへ?」
「わかんない」
「そう」



 徐々に薄れていく輪郭を追う様にジブリールが手を伸ばす。



「ゆっくりしていけばいいのに」



 またね。
 触れられると思った瞬間、Aの体は大気に溶けた。



「イスラ、」
「だから誰だよ、あれ」
「・・本当に分からないの?」
「何で分かるんだよ」



 呆れたように息を吐くジブリールに、イスラフィールは席を立ち歩み寄る。



「分からないなら、いい」
「よくねぇって」
「きっと行けば分かるから」
「どこに」










「歪んだ時計」










 始まりの場所よりもずっと昔にある世界。