怠惰な睡眠から、唐突に目覚めた。



「――・・・」



 己が意図した結果ではない。誰かに呼ばれたわけでも、何か起きたわけでもなかったが――強いて言うなら眠りすぎたことがこの覚醒の理由だ――、とりあえず――いい加減眠ることにも飽きて――気だるい体を起こす。





 世界は酷く暗かった。





 まるで終焉だ。
 耳の痛くなる静寂と、胸の苦しくなる闇の落ちた室内を見て、一瞬でもそう思ってしまった己を揶揄するかのように笑い、冷たいフローリングの床に足を下ろした。
 視界の隅に収めた時計の短針は四時を指している。自分の感覚を信じるならば午後四時、だ。
 なのになんて暗さだろう。――カーテンを取り払った窓の向こうにはやはり闇。そして、ちらほらと街灯の明りが見て取れる。



「まるで夜だ」



 決して終焉などではない。と、半ば自分に言い聞かせるためだけにその言葉を口にした。
 同時に、季節柄夜の訪れが早くなっているとは思っていたが、これは早すぎるだろうと苦笑する。

 外がいつまでも明るくならなかったせいで、彼女は来なかったのだろうか。

 彼女が来なかったせいで折角の休日が台無しだ。――怠惰も不安も全て自分のもとを訪れなかった少女――ひいては世界を埋め尽くした闇――のせいにして、蒼燈は笑った。
 空を覆う雲が晴れ月が覗けば彼女は来てくれるだろうか、それとも朝が来て昼が過ぎ夕方になるまで、やはり来ることはないのだろうか。

 どちらにしろ今#゙女に会えないことに変わりはない。

 そう無意味な思考に終止符を打ち、再びカーテンを閉ざすと簡単に身支度を整えた。
 彼女が来ないのなら――会うことが出来ないのなら――、少し遠出してみるのもいいだろうと、バイクのキーを手に取る。










 このまま夜が明けず月が出ることもなければ、きっと僕は世界の果てまで走り続けるのだろう。










「――起きたの?」



 階段を下りるなり半開きになった扉の奥から声がかかり、聞き覚えのあるその声に蒼燈は小さく息を呑んだ。



「彩花?」
「んー?」



 パタンと何かを閉じる音がして、自分以外の気配が動く。
 中途半端に開いていた扉を完全に開き、同時に明りを灯すと、――蒼燈の待ち望んでいた少女――彩花は立ち尽くす蒼燈に意味もなく笑いかけた。



「来て、たんですね・・」
「来るって言ったじゃん。忘れた?」
「いいえ」
「なのに蒼燈寝てるし、信じらんない」



 かと思えば不機嫌そうな声と共に踵を返し、我が物顔でソファーへと倒れこむ。



「ねぇ、蒼燈」
「――何です?」



 蒼燈は漸く一歩踏み出した。



「紅茶飲みたい」
「いいですよ」



 指にかけたキーをポケットに落とし込みながら彩花の要求に答え、キッチンに向かいながら気付かれないよう息を吐く。



「何がいいですか?」
「蒼燈が好きなやつ」










 これだから、僕はいつも遠出できない。










「どうぞ」



 蒼燈の淹れた紅茶を飲むまで心のどこかが寒かった。
 ここに来たのは何時間も前じゃないけどその時既に外は暗くて、リビングの扉を開けても誰もいなくて、蒼燈は部屋で――それこそ死んだように――眠ってて、あたしは臆病だから蒼燈を起こすことすら出来ない。(だってもし起きなかったらどうするの)(そんなの耐えられない)



「それにしても随分暗いですね」



 すぐ隣の椅子に座った蒼燈はキッチンに背を向け、カウンターに肘を突き紅茶に口を付けた。
 あたしは両手で包み込んだカップをもう一度傾けてから頷く。



「そうだね」
「まるで――」



 何か言いかけて、蒼燈ははっとしたように口を噤んだ。
 そして微かに自嘲するかのような笑みを浮かべる。
 だからあたしは言った。



「終焉が訪れたみたい」



 ガシャンッ。



「・・・・・そんなことを言わないでください」



 割れたカップから、まだ半分も飲まれていない紅茶が床に広がる。
 蒼燈は慌てるでもなく、手の平で片目を押えた。



「泣いてるの?」
「いいえ」



 今日の天気予報は雨。でも今夜は降らないだろう。



「大丈夫よ」



 カップの底を見つめたままあたしは呟く。
 視界の端で蒼燈の肩が小さく揺れた。



「きっと、二人なら大丈夫」



 貴方がいる限りあたしは終焉なんて望まない。
 あたしが望まない限り、貴方があたしを手に掛けることはない。
 あたし達が闇に呑まれることもない。



「そうだと・・いいですね」










 言葉にしなくてもこの思いは伝わっているのだと、信じた。