「頼みがあるの」



 時塔を「門」へと送るための力を――どこか探るように――行使しする暁羽は、時塔から目を逸らすことなく口を開いた。
 それを聞きとがめた蒼燈は足元に落としていた視線を上げる。



「何です?」



 片膝を抱え座り込んだ体勢では、時塔の傍に立つ暁羽ですら見上げなければならなかった。



「貴方を呼び戻した少女」
「・・・覗きなんて悪趣味ですね」
「彩花というの」



 ぽつりぽつりと言葉を交わしている間に、時塔の体が消えうせる。
 もう二度と会えないという事実も、今の蒼燈にとってはさして心動かされるものではない。



「私の妹よ」



 けれど、暁羽が明かした少女の素性については違った。



「それは・・覚醒[メザメ]る以前の貴女、ですか?」
「あの子は今の私も姉だと認めているわ。・・・それで、」
「聞きたくありません」
「蒼燈・・」



 驚きのあまり瞠目し、顔を顰め、息を吐く。



「僕は僕のやりたいようにやらせてもらいます」



 深い溜息と共に吐き出された言葉は淀みなく、世界を覆う漆黒を揺らした。






























 あの夢で彩花と会えなければ、きっと蒼燈は目覚めることが出来なかっただろう。
 国を失った哀しみ、怒り、己が犯した過ちに対しての後悔――時塔蒼燈を動かしていた全て――は、「時塔」が与えられた罪とともに持っていってしまった。
 自分達をこんな風にした暁羽にしてみれば、「蒼燈」は必要な不要だからして目覚めなければそれでも構わず、そうなった時はどこか適当な場所にでも放り込んでおくつもりだったらしい。――湖とか、言っていたか。
 けれど暁羽の予想に反して、「蒼燈」は目覚めた。
 それもこれも、全てあの夢の中で立てた誓約を守るためだ。
 例え彩花が夢だと思っていたとしても、その誓約があったからこそ蒼燈は目覚めた。蒼燈にとってあの誓約は絶対、そして唯一。
 生きることに理由を求めたのは蒼燈も同じだ。彩花に「探すな」と言えた義理ではない。
 言い訳じみたことを言うとすれば蒼燈は「理由」のおかげでここにいて、彩花は「理由」を探すためにここにいる。



「――全く」



 嗚呼、でも・・同じなのかもしれない。
 結局は僕も彼女も、「理由」に縋り付いていなければ一人で立っていることも出来ない。










 脆弱な愚者だ。










「これでは、本当に暁羽の思い通りですね」



 それでもいいと、蒼燈は淡く笑みさえ浮かべながら利き腕を上げた。
 暁羽は愛する妹がパキラに捧げられることをよしとはしない。例えそれが倭と出雲の均衡を守るために必要なことだとしても、彼女は己のエゴを必ず通す。
 そしてそれは、蒼燈とて同じだ。



「さて、」



 宙を滑る指先から青みがかった燐光が溢れ、歪な円を描く。
 魔法陣、とでも言おうか、かつて蒼燈が住んでいた召喚師の国でも、膨大な魔力を必要とするこの行為を何らかの補助なしに行える者はいなかった。
 暁羽が「蒼燈」に与えた神子としての器が、今これを可能にしている。

 それもこれも、



「こんなものですかね」



 彼女の望みを叶える為の必然。
 手段を選ばないほど愚かではない。暁羽は、全てが偶然で与[アズカ]り知らぬことだと断言できるよう図った。その結果が今から起こること。
 蒼燈が彩花の夢に呼ばれるかどうかも、蒼燈が彩花を救う気になるかどうかも、彩花のためだけにまた罪と呼びうる行為に手を染めるかどうかも、全てが天照大神ですら予測不能な事柄。



「盟約の下我が意思に従え、――地狼」



 それを必然として成すのが、暁羽の持つ神器の力。その一つなのだろう。



「我が姉の命を喰らい、生まれ生かされし夜空」










 そういえば、彼女の名前もアヤカだったか。