ぼやけた世界の中心に、蒼い花を満開に咲かせた木が立っている。 暁羽はその木から少し離れたところに立ち、幹の中ほどを見上げた。 音もなく花が落ちる。 「冬星」 花弁を散らすこともなく、ぽとりと落ちぼやけた世界に溶け込んだ花には見向きもせず、暁羽は声を上げた。 「冬星」 応[イラ]えはない。 「・・・」 音もなく落ちた花は、またぼやけた世界に溶け込んだ。 落ちては溶け溶けては落ち。そんなことを、永遠と繰り返す気なのだろうか、この気まぐれな世界は。 「――ねぇ、姐さん」 なす術なく息を吐いた暁羽に、漸く待ち望んだ声がかかる。 真っ青な花を咲かせる木の枝に落ち着く冬星は、膝の上に置いた緋扇に手をかけ目を細めた。 「来年、皆でお花見に来ようか」 「・・・そうね」 「華月さん来てくれるかな」 「連れてく」 「沙鬼さんも?」 「うん」 「じゃあ僕は朔魅さんを誘って、朔魅さんに月詠さんも誘ってもらって、・・・須佐に場所取りさせようか」 「ナギたちも、呼んだほうがいいよ」 「そうだね」 さらりさらりと、風が吹く。 暁羽の脇を掠め冬星の頬を撫で、蒼い花を揺らしながら駆け去っていく風たちは、きっと伝えてくれるだろう。 「ねぇ、須佐」 暁羽は何も言わず一歩下がり、姿を消した。 伸ばした手でまた一輪、花を手折り冬星は緋扇を撫でる。 「早く戻ってこないと、知らないよ?」 落とされた花は、もうぼやけた世界に溶け込みはしなかった。 「・・・」 ぼやけた世界から倭――そう呼ぶことの出来る世界――へと戻り、暁羽は漸く肩の力を抜いた。 冬星がいたあの場所は倭と出雲を繋ぐ「門」のある世界。どこよりも出雲の気配が濃く、倭の気配が薄い場所。 今の暁羽にとっては、酷く居心地の悪い場所だ。 自分の中にある唯一の力が流れ出し、己の色も知らない神々の力が流れ込む。 大切な色を失ってしまうのではないかと、一瞬たりと気を抜けない。 「カヅキ」 それもこれも、私を染める力が完全に封じられているせいだ。――そんな思いを込めて恨みがましい視線を足元へと落とし、映り込む――到底受け入れ難い――光景に暁羽は嘆息した。 凍りついた神気の湖。その水底[ミナゾコ]に、時塔蒼燈の一件で消耗しきった華月は眠っている。 「まだ起きないの?」 もう随分と声を聞いていないような気がした。 暁羽自身、最古の神器としての力を使いすぎていて、――体の内側に満たされているはずの――華月神の力が意識しなければ感じられないほど弱い。 「っ・・」 ぐらりと、世界が揺れる。 あの子――私の大切な妹――は、今頃何をしているだろうか。今日中に何か見繕ってやらないと、いつかのようにまた拗ねてしまうかもしれない。――そんな、なんてことのない思考が脳裏を過ぎり、暁羽の世界は暗転した。 「他人の心配をしている暇はなかろうに」 ぴちゃりと、指先で弾く水が床に飛び散った。 |