倭の西の果て「淡路」にある淡島には、「門」がある。 大陸から生きるために海を渡り来る者は必ずそこを通り、審判を仰がなければならない。 そこで神とされれば神の世に、人とされれば、人の世に住むことになる。 けれど時塔 蒼燈は「門」を通らなかった。 もし、通っていれば地狼と共に出雲へと送られ事なきをえていただろう。 全てが、始まりもしないうちに終わっていたはずだ。 蒼燈が東の海を渡りきることが出来たのは偶然か、必然か、その身に受ける加護故か。 「西に淡路、淡島。彼[カ]の地は審判の地。人は人の世、神は神の世に住まうべく、天照の定めた法の下置かれし門」 暁羽は抑揚なく言葉を紡ぐ。 「東に知霞、蛭子島[ヒルコジマ]。彼の地は裁きの地。犯しし罪を償うべく、坂への道を塞ぎし門」 つ、と一筋、その頬を涙が伝った。 「神は神の世、人は人の世。その理[コトワリ]曲げずして我は希う」 いたい。かなしい。いとしい。さびしい。ともにいたい。かなわない。 「彼の者に、」 枷の外された感情は泉のように溢れ世界を満たす。 それに呼応して、最古の神器が泣いていた。 「罰を――」 ひとりは、いや。 「あれの裁きは暁羽に任せてよかろうな」 手持ち無沙汰に水鏡の縁をなぞりながら卑弥呼はぽつりと呟く。 「最初からそのつもりだったんだろ」 誰かの返答を期待した言葉ではなかった。 「はて、」 「・・・・・なんだよ」 「まだいたのかえ、須佐。妾[ワラワ]は塒[ネグラ]へ帰ったものとばかり思っておったわ」 しっとりと濡れた指先で唇をなぞり卑弥呼は微笑する。 床に鮮やかな紅を散らす須佐はふんっ、と顔を背け胡坐に頬杖を突いた。 「出雲になんていられるかよ」 「それはまた、穏やかではないなぁ」 まるで幼子のように素直なその反応に、華月ではこうもいかぬと笑みを深める。 と、 「俺が帰るのはあいつの傍だけで充分だ」 思いがけず真摯に告げられた言葉に卑弥呼はつかの間笑うことを忘れた。 けれど呆けたような顔を晒したのは本当に僅かな時間で、またすぐに笑みを浮かべ水鏡に手を伸ばす。 「――想い人に殺された妾に対する嫌味かえ?」 ぴちゃり。 「さぁな」 鮮やかな紅色に塗られた爪が水面を弾き、飛沫を飛ばした。 「扇を落としてしもうた」 脇息[キョウソク]にだらしなく凭れながら卑弥呼は水鏡を弾く。 「のう、須佐」 ぴちゃり。 ぴちゃり。 「暇が出来たら、取りに行ってはくれんか?」 ぴちゃり。 「暇が出来たらな」 ぴちゃっ・・・ 「すぐに出来るさ」 ぱしゃん。 「出雲[カミノヨ]は退屈だからの」 |