「――沙鬼」 感情のない主の声に迷わず跪いた。 「これを――」 御心のままに。そう、心から告げる。 「きっと何かある」 何が。と、問う必要はなかった。 「行って」 斥候として走らせた夜空が戻らない。 蒼燈がそのことに気付いたのは、長旅の疲れを癒すためにほんの少しだけ深めに眠り、目覚めてすぐだった。 眠る前――夜空と離れてから――仕掛けた身を守るための術は正常に機能している。発動した様子もない。 これは近づいてくる者の存在を知らせそれが何者かを特定するための物だから、夜空が戻ってきて反応しないわけがない。つまり―― 「やられましたね」 鬱蒼としげる木々。静かすぎる森の中。どうしたものかと、どこか余裕の残る苦笑を零し蒼燈は立ち上がる。 「僕としたことが、先手を打たれましたか」 一陣の風が吹き抜けた。 「――来たな」 大小様々な八百万[ヤオヨロズ]の島で構成された神の国。それが倭[ヤマト]。 オノゴロを中心とする「秋津[アキツ]」を花弁のように取り巻く八つの国の一つ。東の知霞[チカ]に、彩光[サイコウ]はあった。 そこに程近い無人の島で、 「はじめるぞ」 倭にその名を轟かせる「言霊の一族」の巫女が、その姫巫女を伴い外つ国より東の海を渡り来た地の神を待ち構えていた。 『禁』 放たれた言霊に呼応し、そう広くない島の全体を不可視の力が覆う。 時をおかずその内側を静かな波動となって華月の「氣[キ]」が満たした。 「出て来い、外つ国の四神。地を統べし紫紺の狼。気高き愚者」 並び立つ二人の正面で、張り巡らされた氣がにごる。 「――俺は神ではない」 なす術もなく、閉じ込められ、引きずり出された地狼[チロウ]は、その名に相応しく大地そのものの氣を纏っていた。 この場が彼の――西の果て、召喚師の住まう――国ならば卑弥呼でさえその存在を見出すことは不可能に近いだろう。 けれどここは、倭。 「いいや、」 彼の纏う外つ国の氣は酷く異質で、暗闇の中灯した篝火のようにその存在を浮き彫りにする。 「紛れもない、貴様は神さ」 華月は抑揚無く告げた。 そして暁羽が、手に持っていた鏡を手放す。 『――砕けろ』 光が爆発した。 「だから大丈夫だって言ったろ?」 外界と一時的に切り離された力場の中、暁羽が発動させた力に呑まれ、天照の神器と共に夜空は出雲へと引きずりこまれる。 神は神の世に住まい、人は人の世に住まう。それが、天照の定めた倭の法。 力の発現たる光が消えうせ、静寂の戻った島に華月と二人きり。暁羽は息を吐く。 思いのほか外つ国の神は容易に送ることが出来た。 「そうね」 力場を解いた華月が暁羽に手を差し出す。 「戻ろう」 まだ、何も終わってはいない。 |