アルビノじみて白い髪が風に靡いた。 「おい、お前」 一歩踏み出せはそこは空。見下ろせばあくまで穏やかに打ち付ける波。 高さから言って、風が気まぐれを起こし体勢など崩してしまえばひとたまりもないだろう。――そして死体は上がらない。 「死ぬぞ」 「かもね」 別段焦るでもなく、死の淵から自分を引き戻すでもなくただ言葉をかけてくる声の主を見ようともせず――見る意思すらないのだと――、冬星は目を閉じた。 「君は誰?」 「お前こそ誰だ」 「僕は冬星」 嗚呼、唯我独尊な物言いが彼女にそっくりだ。――でも不思議と、彼女≠ェ誰かは思い出せない。 「でも、もう消えるみたいだ」 憶えていることが少しずつ減っていく。 「知りたくはないのか」 「何を?」 「抗おうとはしないのか」 「どうやって?」 後少しもしない内に、僕はきっと真っ白になる。 「僕には何の力もないのに」 真っ白になって、そして、 「誓えるか?」 そして―― 「俺にその体を捧げ共に在る事を、未来永劫」 「・・・」 その場でクルリと海へ背を向け、冬星は漸く自分に声をかけた酔狂な人の顔を見た。 「貴方、誰?」 嗚呼、なんて無意味な問い。 「―――――」 聞いたところで、僕はすぐ忘れてしまうのに。 「魔法の呪文」 誰にともない呟きを耳に留め、暁羽は構内のまばらな人通りから隣の冬星へと視線を移した。 「って、何だろう」 「・・・」 続く言葉に軽く息を吐きながら立ち上がる。 「じゃぁね」 「うん、バイバイ姐[ネエ]さん」 気も漫ろな様子で手を振り、一人になった冬星は一人で考えた。 魔法の呪文魔法の呪文魔法の呪文・・・なんだろう、思いつかないし思い出せそうもない。 「―――――」 ふわり。 いつの間にか冬星の隣には一人の男が座っていた。 長い黒髪を高く結い上げた男。多分、この広い学園内で同じベンチに隣り合わせるほどの仲ではないと思う。・・というかこんな男知らない。 「何だよ、魔法の呪文って」 「さぁ?」 不貞腐れきった男の言葉にあからさまな白々しさの滲む笑いを返し、冬星はポケットからストラップのついた携帯端末を取り出した。 慣れた動作でコールを押せば数度の呼び出し音。それもすぐに途切れる。 <――何> 「あ、姐さん?」 <何> 「魔法の呪文、思い出したよ」 <そう> 「うん、それだけ。じゃね」 <うん> ついさっきまで隣にいた暁羽は、冬星の予想通り「魔法の呪文」について何も聞こうとはしなかった。 冬星にだってわかってる。暁羽は「言葉」に関してはこの国一の使い手である「言霊の華月」の姫巫女で、時には巫女以上の力を行使することが出来る。そういう人だってことくらい。 だけど、この場合「魔法」というのはそういう物ではなく故に、暁羽は何も言わない。 「ありがと」 途切れてしまった繋がりに小さく礼を述べ冬星は携帯端末を仕舞った。 男はただじっと冬星の動きを見ている。飽きもせず、ずっと。 「使って欲しい?」 僕の大事な魔法の呪文。 誰にともない言葉を向けられたのは風を纏った男。 「勝手にしろ」 自分の方を見ようともしない冬星に伸ばしかけた手を下ろし、男は立ち上がった。 風が駆け抜ける。 「うん、そうするよ」 ただ一人、ベンチに腰を下ろしていた冬星はのんびりと立ち上がり帰路に付いた。 『風王、須佐』 それは全てがリセットされたあの日、一番最初に僕を僕たらしめた、魔法の呪文。 |