「君、今自分がどんな顔してるか気付いてる?」
「は?」



 冷たさを帯びてきた風に揺られる黒髪を掻き上げ、華月は自分の斜め前に立つ蘭を見据えた。



「俺の顔がどうしたって?」
「そんな情けない顔で出歩く気か、と言っている」
「・・・」



 右斜め前には柱に寄りかかる狭霧。正面には柱。左斜め前にも柱に凭れた蘭。
 と、なれば導かれる答えは一つだろうか。



「さぁ?」



 風を孕み華月は変貌した。



「チッ」
「やめなさい、狭霧」
「煩い」



 髪は背を覆い隠すほどに伸び、色は瞳と共に青みがかった銀へと変化する。
 言霊を放とうとした狭霧を蘭が素早く華月の視界から隠し、それでも感情のまま力を振るおうとする幼い当主を、言霊の力を統べる巫女がせせら笑った。



『動くな』
「っ」
「・・・」



 唇の動きを見せ付けるかのように放たれた言葉は鎖となり、言うなれば格下である二人の動きを制限する。
 肩にかかる銀糸を背へ長し、華月は庭へと降り立った。



「邪魔はさせない」



 残されたのは二人の言霊使いと肌を刺すような殺気。










「・・・少し大人げなかったか」



 瞬き一つの間に少年の姿へと立ち戻り、華月は男にしては長い黒髪を掻き上げた。
 ゆったりとした歩調で歩くそこはついさっきまでいた庭と壁一枚隔てた一族の私有地。



「大体、俺がどんな顔してるって?」



 大胆不敵といえばそうだろう。だが、自分だけの力でそう遠くまで移動することはできないし、力を使わなければ逃がしてくれるような雰囲気でもなかった。
 行動に制限を受けることは気に入らない。今も昔も、これからも。






























「・・・」



 きちんと施錠されていたはずの窓が音もなく開き、何をするでもなくベッドに寝転がっていた銀[シロガネ]は視線だけをそちらへ向けた。
 窓枠に腰を下ろした華月は向けられた視線を受け止める。



「また、来たの」



 抑揚のない声が部屋に落ちた。






























 世界が、闇色の水を湛え広がっていた。
 その中心で闇色の水に抱[イダ]かれた神は、輝かしい白銀色を纏い目を閉じている。



「姉上」



 闇王。と、人は彼をそう呼ぶ。
 そして闇王――月詠[ツキヨミ]――自身、その呼び名を受け入れていた。



「彼[カ]の器が染まりつつありますよ」



 天照を頂点とする神々の列から籍を外し、唯一闇に関わる事を運命付けられた月詠は、故に高天原に住まうことを許されない。
 魂の還るべき場所で倭[ヤマト]の陰陽のバランスを保つ事。それが、時と力を持て余す月詠に天照が与えた最初で最後の命[メイ]だった。
 姉である天照――訳あって今は卑弥呼と名乗っている――が、何よりも自身の楽しみを優先し、故意に均衡を崩す事も多々ある。
 必然的にその後始末は月詠に回ってくるのだが、月詠は、それに対して何の不満もなかった。
 だが、今回ばかりは静観することも出来ない。



「美しい蒼銀[セイギン]に」



 ついと闇色の水の中で伸ばされた月詠の手が光を帯びた。
 長く伸びた髪と同じく白銀色の瞳が、その光の向こうを値踏みするかのように見つめる。



「・・・染まってからでは遅い」



 月詠の力の発現である白銀色の光の向こうで、青みがかった銀色の光が揺れていた。
 その色はまだ淡い。けれど、程なくして本来の色へと染まるだろう。
 染まってからでは、遅いのだ。



「故に今回ばかりは、お許しを」



 そして月詠は力を揮った。
 未だかつてない危険を孕んだ、最古の神器を葬る為に。






























「満ちし時よ――」