神暦2年。精霊暦53年。人暦760年。9月7日。早朝。





 人の手によって造られたかのような、完璧な無表情。
 一目見て彼女がそうだとわかった。



「漸く見つけた」



 それは全てに染まる依り代[ヨリシロ]。故に最強。そして最凶。
 如何様[イカヨウ]な力でも取り込み己[オノ]が力とする、穢れなき器。



「神の遺産。魂の欠片。最古の神器」



 今まで現れたどの依り代よりも力ないそれは、故に



「自我なき人形」



 全ての力持つものが欲する。






























 同年。6月24日。深夜。





「常識というものがないのか」
「妾[ワラワ]にそのような口をきく輩[ヤカラ]も、今はそうないな」



 自室で休んでいた華月を強制的に転移させたことへの謝罪一つせず、卑弥呼[ヒミコ]は苛立たしげな視線を受け広げた扇の下で微笑んだ。



「何を笑っている」
「おお、怖い」



 華月が見えないはずの表情を知りえたのは直感か、それともただ単に付き合いの長さ故か。



「依り代がいるぞ」



 探せ。



「・・・あぁ」



 唐突に変化した話題と下された命[メイ]に一拍置いて華月は頷いた。
 自分に仕える若造共でもこうはいかない。だから華月は特別なのだ。



「覚醒は未だ。だが、だからといって放置できる代物でもない」
「連れてくればいいのか?」
「急[セ]くな。これは、そう単純な問題でもない」



 転生して尚失われる事のない力。知識。記憶。
 高天原[タカマガハラ]に住まう神を除けば恐らく随一であろうその存在は、今では良くも悪くも下界の者。



「今までの依り代であればそれでもよい。だか、今世の依り代はまことよく染まるであろうよ」
「・・・」



 弄ばれていた扇が音もなく落ちた。



「何の力も持たぬが故に最強、故に最凶。如何様な力にすら染まる穢れなき器。――今世の器は染めてはならぬ」



 それは、



「御意に」



 あたかも依り代の運命[サダメ]のように華月の目には映る。










 稀有な銀糸持つ神子[ミコ]は優雅に一礼すると、自身が行使した力によって高天原を後にした。






























 同年。9月28日。宵の口。





「当主は私だ」
「・・・それで?」



 歩きなれた廊下。左手には見目美しい日本庭園。右手には障子。目の前には柱に凭れこちらを睨む少女が一人。



「華月。狭霧[サギリ]は最近君が構ってくれないから、拗ねているんだよ」



 背後には言霊の一族影の最高権力者。



「私は拗ねてなんかない」



 そして逃げ場のない哀れな俺。



「狭霧、華月は悪趣味だから口で言わないとわかってくれないよ?」
「・・・・・棘どころか毒があるな、お前の言葉」
「華月がいなくて寂しいのは狭霧だけじゃないんだよ」
「誤解を招くようなセリフはよせ、・・・まったく」



 仕方なしに庭を向く形で柱によりかかり華月は肩を落とした。
 狭霧の立ちふさがる廊下の突き当りを曲がれば玄関は目前。こんなことならさっさと出かけてしまえばよかった。



「で? 愚痴を聞かせるためにだけに俺を足止めしてるのか?」
「まさか」






























 あれは染まる事の許されぬ白だ。