単位さえ取れていれば問題ないというのはつまり、単位が取れていなければ問題があるということなのだが、それはあくまで学園に自主入学した者の話であって、俗に招待生と呼ばれる面々にとっては、定期的に行われる学力考査で及第点を取ってさえいれば、日々の講義など出なくても構わないらしい。


「どこへ行くんだ?」


 だが多くの特待生は進んで講義を休むことなどしない。休む時はそれなりの理由があり、その理由は大抵公欠に部類されるようなもの。


「散歩だから適当」


 招待生として迎えられるには、一に家柄、二に能力、共に一般生徒を遥かに上回り、尚且つ、主立った一族の長二人以上の推薦が必要とされている。
 故に、どの特待生も己を推薦した一族に恥をかかせぬよう、体面を保つことに必死。大した理由もなく講義を休むなんて以ての外。


「沙鬼は、どこか行きたい所ある?」


 という話を、道すがら暁羽に聞かされた。


「ないな」
「なら適当に・・・教会の丘くらいまで行く?」
「どこだそれ」
「すぐそこ。メトロ使わなくても歩いて行ける距離」


 かくいう私も、暁羽も、学園内にほんの一握りしかいない招待生の一人。
 大した理由もなく休むなんて以ての外≠ニ言いながら、彼女が講義に戻ろうとする気配はない。
 そろそろ午前最初の講義が終わる頃だろうか。


「メーアの中を歩いたことはないでしょ?」
「あぁ」
「じゃあ決まり」


 酷く冷たく、空虚で、底知れぬ闇を内包した硝子の人形は、降り注ぐ陽光よりも柔らかく、温かく笑った。
 繋いだ手から伝わる体温は決して高くはない。なのに冷たいと感じないのは何故なのか、私は知らない。


「明日はどこに行く?」


 年相応にはしゃぐ暁羽に、あの日の面影はなかった。


「どこへでも」


 そして私にも、あの頃の面影は微塵も残されてはいない。


「カヅキにバイク借りてもいいかもね」
「・・・お前が運転するのか?」
「まさか」


 今の私は言霊の巫女守。言霊の姫巫女を守護するための器。ただの沙鬼。それ以上でもそれ以下でもない。


「そういうのは沙鬼の仕事」


 ただそれだけで、十分過ぎるほどだ。


「運転なんてしたことないぞ? 私は」
「大丈夫、すぐ出来るようになるから」


 ただそれだけの理由で、私は、もう逃げなくてすむ。