伸ばした手は空[クウ]を掴み、そこにあるはずの腕に触れることはなかった。


「・・・」
「無理だよ」


 空色の髪、濃紺の目をした男はどこか困ったように首を傾ける。
 名は、煌[キラ]と言うらしい。


「あいつは触れたじゃないか」
「彼女は、とても特別なんだよ。この世に二人といない、特殊な存在」


 私の目線よりも高い位置に浮く煌の体は透けていた。


「まぁ、それはそうだろうが・・・」


 自分の手を天井に翳しながら、私は瞼の裏に焼きついた人形のカタチを思い出す。計算されつくした完璧な無表情は、逆らおうという意志を根こそぎ奪い、硝子玉のような瞳は、心を捕らえて放さない。
 なぜああも一瞬で囚われてしまったのか、なんて、こっちが聞きたいくらいだ。


「考えれば考えるほど、おかしな奴」


 だがその姿を、声を、思い出す度に深みへと嵌っていく。


「でも好きなんでしょ?」
「・・・あぁ」


 それは性質[タチ]の悪いドラッグにも似ていた。


「そうなんだろうな」


 もう否定することすら難しい。私は鎖に繋がれた。決して切れず、決して見えず、決して触れることの出来ない絶対≠フ鎖に。


「だがそれも悪くない」


 光に縁取られた私の手は、確かに存在していた。透けてもいないし、獣のそれでもない。
 あの人形と同じ形をしたそれを胸に抱き、私は目を閉じる。


「漸く、だ」


 やっと、立ち止まることが出来た。




















「――お帰り」


 条件付の空間転移。


「・・・ただいま」


 卑弥呼への報告のため、高天原に行っていたのだろう、言霊の巫女としての正装に身を包んだ華月は、現れるなりバッタリと寝台に倒れこんだ。
 いつもは一瞬で終わるはずの変貌が、じわじわと進む。


「どうだった?」


 類稀な銀が黒に侵されていった。


「妖狼の件でお咎めはなし。姫巫女就任祝いだとでも思って、好きにしろってさ」
「そう」
「疲れた・・・」


 暁羽は端末の仮想インターフェースを閉ざし、ぐったりとして動かない華月に椅子ごと向き直った。


「お疲れ様」


 重そうに瞼を持ち上げた華月の、青みがかった瞳が暁羽を捉える。


「全くだよ」


 苦笑じみた言葉に非難の色はなかった。