底知れぬ闇を内包したそれは、私を私でない存在[モノ]へと変えた。





「―――」


 応[イラ]え。――そう、誰かが耳元で囁いたような気がして、目が覚めた。
 カーテン越しの陽光に照らし出される、こじんまりとした部屋。寝台に横たえられた体は重く、けれど、動かせないほどではない。





 底知れぬ闇を内包したそれは、私を私たらしめた。





「・・・・」


 伸ばした手が、硝子の人形に触れる。
 掬い上げた髪は絹糸のように柔らかく、するりと指先から逃れ、人形の背を流れ落ちた。





 ――そは、我が守たれ





 剥き出しの床に座り、うつぶせるように寝台に寄りかかっていた人形の瞼が震える。
 現れた硝子玉の瞳に、迷いはなかった。


「・・・いいだろう」


 空虚な瞳。空っぽの人形。守る者のない至上の姫君。


「お前がお前で在る限り、私は、お前に従う」


 我が主。










 その瞳が崇高で在る限り、我が命、主が為に捧げん。




















「ねぇ、暁羽は知ってる?」


 つい昨日まで空いていたはずの一人部屋には、真新しいネームプレートが掲げられていた。


「おかえりナギ」


 誰かが新しく寮に入るなんて噂は聞いてない。


「ただいま。――向かいの部屋に来たのは誰?」


 とすると、よほど急なことだったのだろう。


「私の巫女守」


 夕凪は端末に向かう暁羽と脱いだばかりのジャケットとを見比べ、ジャケットを放った。


「必要ないって、言ってなかった?」


 放物線を描いたジャケットは寝台に不時着し、大して中身の入っていない鞄もその後を追う。


「そうだっけ?」


 白々しい暁羽の言葉には、どこか楽しげな響きがあった。


「アキ?」
「ナギにも明日紹介する」


 でも、あげないから。


「・・貴女のモノを盗ろうなんて狂気の沙汰よ」


 今まで頑なに巫女守を拒んできた暁羽自身が認めるほどの存在。
 只者であるはずもないが、それが何であるかを探ろうとすれば無事では済まされないだろう。


「私から奪えるとでも?」


 普段は人形のように無表情で空っぽなくせに、ふとした瞬間見せる素顔には背筋が凍る。


「まさか」


 だがそうでなければ。


「貴女から何かを奪える人なんていないわよ」


 貴女は特別。そして私たちの絶対。